合同部活動の移動をもっとスムーズに――部活動MaaSで叶える“体験格差ゼロ”

全国の地方自治体で、人口減少に伴う地域交通の課題が顕在化しています。
中学校の部活動においては、生徒数の減少により単独校でのチーム編成が困難になり、複数校による合同チーム編成が必要となるケースが増えています。
しかし、生徒たちには移動手段がないため、保護者による送迎が大きな負担となり、部活動の参加機会に格差が生じているほか、部活動そのものの継続が危ぶまれているのが現状です。

こうした課題を解決するため、徳島県美馬市では「部活動MaaS」を実装しました。
部活動MaaSは、既存のデマンド交通システムを活用し、タクシー事業者と連携することで、生徒の安全な移動と保護者の負担軽減を実現した先進的な取り組みです。
この導入には、困難な課題が多く山積しており、試行錯誤を経てその実装、運用へとこぎつけました。

今回は、部活動MaaS導入にいたった経緯とその効果、新たな課題について、美馬市市民環境部ふるさと振興課の林愛哉様、美馬市教育委員会教育総務課の花岡正昭様、一般社団法人美馬交通協会の岩本修司様、株式会社メタ・イズムの西尾幸紘様にお話を伺いました。

課題 美馬市内中学校 少子化により複数校での部活動の合同チームを組織 部活動への送迎が課題に 保護者が送迎できない場合、在籍校にない部活を断念せざるを得ない状況に 解決策 部活動MaaSの導入 タクシーを活用しデマンド交通システムで中学生の部活動送迎を実施 部活動の存続を実現 複数校の合同チームを結成 保護者の送迎負担の軽減

関係者紹介

美馬市地域公共交通活性化協議会事務局 美馬市市民環境部 ふるさと振興課 主事
林 愛哉 様

美馬市教育委員会事務局 教育総務課 課長補佐
花岡 正昭 様

〔運行事業者〕一般社団法人美馬交通協会 代表理事/有限会社愛心(アイシン・タクシー)代表取締役
岩本 修司 様

〔システム・アプリ開発〕株式会社メタ・イズム 代表取締役CEO
西尾 幸紘 様

株式会社ゼンリン エリアソリューション本部 中四国支社
藤本 英志

株式会社ゼンリン エリアソリューション本部 中四国支社 中四国自治体営業課
窪田 瞭吾

人口減少問題による課題——部活動の地域展開を移動支援

美馬市教育委員会 教育総務課 花岡氏

徳島県美馬市は、四国山地の吉野川沿いにある自治体で、総面積の約8割を森林が占める中山間地域です。
令和2年(2020年)に策定された『美馬市 地域公共交通網形成計画』によると、通勤においては、ほとんどの地区で自家用車の利用が大半を占めており、その利用率は約88.7%に達しています。
一方、通学においては、市内の鉄道や乗合バスの利便性が低いため、自転車の利用が41.1%と最も多くなっているのが現状です。

こうした地域特性は、中学生の部活動にも大きな影響を与えています。
市内には7つの中学校がありますが、少子化の影響により単独校でのチーム編成が困難な部活動が増加しています。

野球やサッカー、バレーボールといった団体競技では、複数の学校で合同チームを組む必要があり、練習のために学校間の移動が日常的に発生するようになりました。
学校間の距離は最大で10kmにもおよびます。従来、生徒たちの移動は自転車や保護者の送迎に頼らざるをえない状況だったのです。

こうした課題が明らかになったきっかけには、部活動の地域展開があります。政府は令和5年度(2023年)から部活動を学校から地域に移行する「地域展開」の推進を開始。
これに伴い、美馬市教育委員会は保護者や学校へのヒアリングを実施し、部活動の送迎にかかる負担が想像以上に大きいことを知ります。
「市としては、部活動をしたいという生徒の要望には、活動の場を提供しようという方針です。
そのなかで、どう対応していくかという検討をはじめました」と花岡氏は語ります。

既存システムの活用で部活動MaaSを実現

美馬市市民環境部 ふるさと振興課 林氏

部活動MaaSの導入には、既存のデマンド交通システムの存在が大きく影響しています。
美馬市では、平成23年(2011年)からデマンド交通システムを導入し、現在「美馬ふれあいバス」と「木屋平ラクバス」を運行しています。

こうしたなか、ふるさと振興課の担当者が、教育委員会が抱える部活動の送迎問題を耳にし、「既存のデマンド交通システムを活用できないか」と提案。
デマンド交通システムを部活動送迎に応用する形で、部活動MaaSの検討を開始しました。
政府の「地域公共交通確保維持改善事業費補助金(共創・MaaS実証プロジェクト)」を活用した新たな事業として、部活動MaaSの事業化を目指したのです。

従来、デマンド交通システムを担当していたゼンリンは、この提案を受けてすぐに動きました。
デマンド交通システムを改良することで、部活動の送迎予約を一元管理し、タクシー事業者へスムーズに配車できる仕組みが構築できると考えたのです。
ふるさと振興課、教育委員会、運行事業者、そしてゼンリンが協力し、急ピッチで事業計画を策定しました。

最終的に、国土交通省の令和6年度「共創・MaaS実証プロジェクト」に応募し、令和6年5月に採択され、10月から実証実験が開始されました。
部活動MaaSは、美馬市や運行事業者、システム事業者など、さまざまな主体が協業することで実現しています。
自治体の窓口としては、美馬市地域公共交通活性化協議会事務局である美馬市ふるさと振興課が対応しました。

学校との連携は、美馬市教育委員会事務局である美馬市教育総務課が担当しています。
運行事業者間の調整は、市内のタクシー事業者4社を中心に構成される美馬交通協会が対応します。
システム構築と運用には、メタ・イズムとゼンリンが従事。ゼンリンが美馬市や学校、事業者との窓口を担い、システム構築領域でメタ・イズムと業務提携しています。

図:部活動MaaSの体制

デジタルで実現する安心安全な送迎

図:部活動MaaSの仕組み

従来の部活動の移動支援には、アナログな手法を用いて運用されていました。
予約登録はFAXや電話で行われ、それを受けて事業者間で配車を調整しており、煩雑な作業が発生していたのです。

そこで、部活動MaaSではデジタルを活用し、利用者や保護者、学校、運行事業者それぞれに最適化した機能を実装しました。

学校では、部活動の予定に応じてタブレットから送迎の予約を登録します。
運行事業者は、タブレットで予約状況を確認し、指定された便に対して車両を手配します。
利用者とその保護者には、安心して送迎サービスをご利用いただけるようGPS機能を活用した見守り機能を導入。

各タクシーにタブレットを設置し、車両の位置情報を常に把握できるようにしています。
保護者の方はスマートフォンから、生徒が乗車している車両の位置を地図上でリアルタイムに確認できるため、送迎中も安心して見守ることができます。
こうした取り組みにより、安全性の高い送迎環境を実現しているのです。

送迎のタクシーに乗り込む中学生の生徒たち

ユーザーからの反応について、花岡氏は「保護者や学校の先生から非常に喜ばれました。保護者の送迎の負担を軽減し、スムーズな配車を実現できました」と導入当時の反応を語ります。
岩本氏は、タクシー事業者からも「ゼンリンの地図は見慣れているため使い勝手がいい」と話します。

部活動MaaSの実現は、移動の不便さを解消しただけではありません。
部活動そのものの活性化にも貢献しています。

従来、1校では人員が足りなかった野球部は、4校合同チームを編成することで存続しました。

「移動のストレスがないからこそチーム存続が実現できた」と花岡氏はいいます。

4校合同の野球チームの生徒たち

運用後に浮上した4つの壁

美馬市ふれあいバス受付センター

一方で実際に運用を開始すると、デジタル特有の課題と、地域の実情に根ざした課題が浮上しました。

1つ目の課題は「ユーザーのITリテラシー」です。
運行事業者の担当者やドライバー、学校の先生方からは、「以前より使いづらくなった」という声が寄せられています。
特に先生方の中には、操作方法がよく分からず戸惑っている方もいらっしゃいます。
また、あるタクシー事業者では、タブレットの使い方が分からないため、他の事業者に配車を代行してもらうなど、サポートが必要な場面も出てきています。

2つ目は「予約ルールへの対応」です。当初、学校側は1週間前までに送迎予約を登録するルールを設けていました。
ところが、部活動の予定は急遽変更になることも多く、前日に予約が入ることも珍しくありませんでした。
結果として、急な予約はFAXや電話で対応することになり、アナログな対応を完全になくすことはできていない状況です。

3つ目は「複雑な配車調整への対応」です。
部活動の予定は想定以上に変更が多く、直近での変更も日常茶飯事でした。事業者各社では保有する車両の種類や台数が異なります。
そのため、どの事業者のどの車両で対応するのか、その都度調整が必要だったのです。

送迎の時間帯も問題でした。
岩本氏は「部活の送迎は、一般のお客さんが買い物に出かけるような時間帯とも重なるため、車両のやりくりが難しいのです」と現場の苦労を語ります。

4つ目は、「運行実績の管理」です。
システムでは運行実績をデータで収集し、それを運行事業者が作成した請求明細と照合することで、費用を精算していました。
ところが、このデータと明細の数字が合わないケースが多発しました。
また、各社で帳面の書式も異なっており、煩雑な管理が発生してしまいました。
「FAXや電話で対応した分が抜け落ちて、数字が合わないという課題も発生しています。デジタルとアナログの併用という過渡期ならではの状態が続いている」と窪田氏は説明します。

株式会社メタ・イズム 西尾氏

こうした課題は、システムを運用して浮上した想定外のものばかりでした。
システム開発を担当するメタ・イズムの西尾氏は、「部活動は我々が思っていた以上に不規則で、直前での変更やそれに伴う車両不足など、さまざまなことが起きる。これらは従来のデマンド交通システムとは大きな違い」と説明します。

課題解決に向けて粘り強い改善が続く

部活動MaaSの課題と対応

課題が多くあるなかでも、関係者は粘り強く改善策を考え、実際に取り組んできました。
まず、ユーザーの活用については、毎年4月の新年度には説明会を実施しています。
新たに赴任した先生だけでなく、従来のユーザーである先生方にも、繰り返し操作方法を説明する場を提供するようにしました。
マニュアルも継続的に更新し、紙面でも配布するようにしました。

予約ルールについては、部活動の予定の複雑さに合わせて、登録の締切を「1週間前」から「2日前」に変更。システムの運用面でカバーしています。

複雑な配車対応には、定期的に路線のあり方を調整することで対応しました。
部活動の新規入部者が増える春と秋の年2回、路線を検討することで、急な変更が発生しづらい体制を整えています。

運行実績の管理も、ゼンリンが統一したフォーマットを作成しました。
各車両へのタブレットの配置も依頼して、請求明細とシステム実績との齟齬は解消しつつあります。

こうした改善は、美馬市や事業者、事務局との綿密な連携により実現しています。
「市役所様とは7回、事業者様との打ち合わせも含めると10回ほど、従来の事業では考えられないほど多くの協議を重ねてきた。」と藤本氏はいいます。

株式会社ゼンリン (左)窪田氏 (右)藤本氏

日常に溶け込んだ部活動MaaS——見えてきた成果と本質

こうした地道な努力の積み重ねが、少しずつ成果として現れています。
現在1日約7便が運行されており、1便あたりの平均乗降人数は4名です。
「利用開始から2年が経って、いまの1年生には、送迎があるのが当たり前になっている。部活動MaaSは生徒たちの日常に溶け込んでいる」と、花岡氏は説明します。

この取り組みを通じて見えてきたのは、「システムだけでは解決しない」という現実です。
デジタル化は効率化や利便性向上をもたらしますが、現場の実情や関係者間の信頼関係があってこそ機能します。

西尾氏は「システムがあるからといって、すべてがうまく行くわけではありません。とくに、従来配車を担当してきた運行事業者様が現場でどういう苦労をされてきたか、どういう調整が必要か、そうした内容をシステムや運用に反映することが欠かせない」と説明します。

生徒たちの部活動を絶やさない努力は、関係者それぞれの立場を超えた姿勢に現れています。
岩本氏は「地域の未来のために」と一貫して柔軟な対応を続けています。
藤本氏も「みんなでよくしていこうという姿勢が大切」と実情に寄り添う姿勢を貫いています。

美馬市の取り組みから見えてきたのは、DXを地域に定着させるためには、技術だけでなく「人」への配慮が欠かせないということです。
継続的な説明会の実施、わかりやすいマニュアルの作成、紙のマニュアル配布といった「ユーザーに寄り添う対応」が重要です。

有限会社愛心(アイシン・タクシー) 岩本氏

地域公共交通の新たなニーズに向けた模索が続く

美馬市では、地域公共交通での新たな課題やニーズに向けた取り組みの模索が続いています。

岩本氏は、市役所内での縦割りについて課題を示しています。
岩本氏は「美馬市がタクシーを発注して借り上げる車は多数ある。ところが、担当の課ごとに別々に借り上げているのが現状。そこが1つのシステムを通じて車両も共通で運用できれば、配車の問題は大きく改善して効率化できる」と説明します。
岩本氏は今後の展望として、「1つのシステムですべてがカバーできて、たとえば高齢者も学生も一緒に乗れるような仕組みをつくることが大切」と話します。

市では新たな地域公共交通のあり方も模索しています。
それが観光客の移動支援です。
市内の観光スポット「うだつの町並み」までは最寄りの穴吹駅から徒歩30分ほどかかります。
「新たな観光需要を生み出す公共交通の導入を検討したい。駅まで来たのはいいが、そこからの交通手段がない。気軽に観光するための新たな公共交通が必要だ」と林氏は説明します。

一方で、自治体が運営する地域公共交通は、地元の事業者との棲み分けが欠かせません。
「どこまでの領域を公共交通でカバーするかが課題になってくる。地元の事業者の事業領域を守りつつ、新たなニーズを生み出す公共交通のあり方を模索したい」と林氏はいいます。

さらに、岩本氏は、ライドシェアの活用可能性にも言及しました。
ピーク時の需要に対応するため、信頼できる地域住民にドライバーを担ってもらう仕組みです。
藤本氏は「車両の台数不足やドライバー不足といったアナログ的な課題を補うために、有償旅客のライドシェアのようなミックス型の展開が今後必要になってくる」と、ライドシェアの必要性を指摘しています。

実際、有償旅客のライドシェアは、全国各地で実証実験が行われています。
しかし、その多くで、車両がない、ドライバーがいないという「人」と「車」の不足が大きな課題となっているのです。

また、部活動送迎に活用するには、安全性の担保が大前提です。
「信頼できる方が運転してくださるという、身元保証なども、大人を運ぶのとは違う面で必要です。安心安全をしっかり保障できないと、部活動では使えません」(西尾氏)
このように、トラブル時の対応や行政のバックアップ体制も含めた、包括的な制度設計が求められます。
ライドシェアのような民間人材がドライバーを務める場合でも、安全に部活の送迎を任せられる制度の仕組みづくりが、今後の課題となりそうです。

こうした課題に対して、ゼンリンでは美馬市や運行事業者、メタ・イズム社との連携を強化する方針です。
「この1年間で見えてきた課題を、一つひとつ解決していきます。そして、美馬市のシステムがより良いものになるよう、これからも伴走していきたい。ゼンリンは、単なるシステム提供者ではなく、地域のパートナーとして、地域と一緒に悩み、一緒に考え、一緒に成長していきたい。」(窪田氏)

中山間地域の地域公共交通には、さまざまな課題が横たわっています。
ゼンリンでは自治体や運行事業者、システム開発事業者と連携した取り組みを今後も実施していきます。

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