暮らしを守るため「分かりやすい水害ハザードマップ」へ刷新
動画やウェブサービスも駆使して、包括的な防災・減災体制を構築

急激な気候変動による大雨の長期化や台風の大型化に備え、各自治体では急ピッチで防災・減災体制の構築が進められています。今回紹介するのは水害に弱いと指摘される東京都の「江東5区」のひとつ、墨田区です。洪水や高潮への脆弱性が唱えられる同区は、令和元年東日本台風をきっかけに防災体制を大きく見直すことになりました。
これまでの経緯や防災・減災に向けた具体的な取り組み、そして今後の展望について、都市計画部危機管理担当 防災課主任の神原正直氏にお話を伺いました。

課題

甚大な水害のリスクが想定される墨田区

東京23区の東部に位置する「江東5区」は、水害リスクの非常に高い地域として知られています。そのひとつに含まれる墨田区には、荒川や隅田川など大小合わせて8つの河川が流れており、区内の広い範囲が海抜ゼロメートル地点であることから、洪水や高潮などの危険性が指摘されます。

「荒川が氾濫した場合には、最大で6mの浸水があり、最長で2週間以上も水が引かない地域があるなど、甚大な被害が想定されています。」と教えてくださったのは、墨田区の防災課主任の神原正直氏(以下、神原氏)です。

「区の特徴として、南部と北部で街の構造が大きく異なるという点があります。南部は東京大空襲で焼失してしまったため、戦後に建てられた比較的新しい建物や広い道路が整備されています。一方北部は戦火を免れたことから、現在でも古い木造長屋が残っていたり、車も通れないような細い路地が何か所もあったり、あらゆるリスクを考慮しなければなりません。」

このような地域特性でありながら、近年墨田区は大規模な災害に直面することがなかったため、住民意識調査でも地震や水害の被害想定や避難方法等を全て知らないという回答が3割以上もあったことなどから、住民の防災意識が薄れていたのではないかと神原氏は語ります。

そこから大きく方針転換するきっかけとなったのが令和元年東日本台風でした。

墨田区のほぼ中央にそびえ立つ東京スカイツリー®を挟み南北で街の様相は異なる。

令和元年東日本台風で浮き彫りとなった課題

2019年10月12日から13日にかけて、東日本の広い範囲へ大きな影響を与えた台風第19号(令和元年東日本台風)は、荒川水系の河川に甚大な被害をもたらしました。幸いにも墨田区への直接的な被害はありませんでしたが、改めて防災の重要性と課題が突きつけられた出来事となりました。

「区の職員だけでなく、住民のみなさんにとっても、高い緊張感を持って対応せざるを得ない台風だったと思います。庁内には『防災行政無線の音声が風雨で聞き取れない』などの問い合わせが相次ぎ、職員はパンク状態に。避難所についても、安全と判断された上で準備ができたところから順次開設されたことにより、最新情報が届かず混乱してしまう住民も多くいました。」

このことにより、住民へ災害時の的確な情報発信ができていないという課題が顕在化しました。さらに災害想定や対応の不十分さについて、この台風を機に明らかになったと神原氏は指摘します。

「台風通過後の13日は荒天が一転、快晴となり、我々もほっと胸を撫で下ろしました。しかし、実は荒川の水位は依然として上昇しており、危険はまだ去っていなかったのです。」

台風第19号の反省を受け、庁内ではこれまでの防災・減災体制を大きく見直すことになりました。有事に備えて住民に伝えておくべきことを洗い出し、住民に対して的確な情報発信をできるような仕組みを再構築。さらに地域住民1人ひとりが、災害時に「いつ」「何をすべきか」を想定できるような防災学習の重要性が再確認されました。

墨田区の目指す姿

「伝わりやすさ」を重視し、包括的に防災意識の向上を図る

「防災・減災体制を見直すなか、既存の水害ハザードマップについて『住民に伝えたい情報が十分に伝わっていないのではないか。』という声が挙がりました。旧来の水害ハザードマップは一枚地図と重要な情報をコンパクトにまとめた冊子でしたが、難しい単語や普段聞き慣れない言葉が多いこともあり、防災への予備知識のない住民が読んだ時に理解がしづらいものとなっていました。そのため読みやすさを第一に大幅な改訂をする必要があると感じました。」

このように、的確な情報発信とともに、住民への防災に関する学習の啓蒙を課題としていた墨田区は、水害ハザードマップの改定に際し、防災・減災体制の再構築を実施するため、価格だけではなく、企画提案内容と価格とを総合的に評価するプロポーザル形式で、委託先企業を選考することにしました。

「様々な業者さんからご提案いただきましたが、私たちの抱える課題に沿った提案をしてくださったのがゼンリンさんでした。」と神原氏。

動画で災害を追体験することで、感性に訴える

ゼンリンからの提案は、水害ハザードマップと冊子の大幅な改訂に加えて、オリジナルの防災マップを作成できるWeb版水害ハザードマップサービスの提供。さらに防災意識の向上に繋がる動画を制作し、住民に対してプッシュ型での情報発信を実施するというものでした。

「特に動画制作についてはこれまでに行ったことのない方法だったため、期待度が高かった。」と神原氏。

既存のハザードマップおよび冊子を分かりやすく刷新すること。また、WEB版でも提供して情報発信の窓口を広げること。防災学習については、住民に「伝わりやすい」ことを重視して、災害のリアルな追体験が出来る動画でアプローチすること。そうした仕様とすることで、有事の際にも的確な情報発信や避難行動に繋げることができる、という提案が、墨田区の課題解決に向けた考え方とより近かった、との評価をいただきました。

親しみやすい冊子や動画、Webなど、多様なアプローチを駆使し相乗効果を図る

構成から大きく見直した冊子は、「子どもでも分かるような冊子へ」という想いを込めて作成。全体の構成を3ステップ形式にし、災害や地域について学ぶページから避難方針や方法、そして具体的に書き込んで完成させるマイ・タイムラインへ繋げました。このことにより、子どもからお年寄りまで幅広い住民が防災を自分ごと化しやすい構成としました。

「細かい部分にもかなりこだわりました。図版や写真、挿絵を多く用いて親しみやすくしたり、小学5年生以上で習う漢字にはルビを振ったり、難解な表現を避けたり、効果的な啓蒙に繋がるよう工夫しました。」

また先の台風で課題となった情報収集方法についても、QRコードを用いた一覧ページを作成し、住民が緊急時に正確な情報を落ち着いて入手し、冷静な判断ができるよう配慮しました。
「区の防災情報が配信される登録制メールサービスやSNS各種、気象庁の防災気象情報サイトといった、防災や減災に役立つ情報収集の手段を見開きでまとめました。今まで通りテレビやラジオ、防災行政無線などで情報を得たい人はもちろん、インターネットを通じて最新情報を知りたい人まで、幅広い世代の方が利用できるページとなっています。」
また、今回の取り組みにおいて肝要なポイントは、冊子と動画の相乗効果により防災意識の向上を図る点にあります。冊子で災害知識を習得し、動画で五感に訴えた災害時の追体験することで、住民の行動変容を狙っています。

「絵や図版では想像しづらかった水害のメカニズムや危険性を動画で再現することにより、さらに災害時のイメージがしやすくなりました。今回の動画は区の公式YouTubeチャンネルで配信し、住民の防災意識向上を図っています。」と神原氏。

墨田区様で実践された内容

啓蒙の一環として、ハザードマップに加えられた各水害の仕組み。

住民も自分事として捉えやすいよう、ランドマークの断面図を用いて浸水想定の理解を促進。

情報取得手段を見開きで紹介。QRコードも記載し、アクセス性も高めた。

今後について

正しい避難方法を啓蒙し、地域住民の命を守る

今回作成した水害ハザードマップおよび冊子は、完成後に区内全戸に配布し、防災イベントや自治体の取り組みでも積極的に活用されました。
理想は事前に水害ハザードマップの内容を住民の皆さんが100%理解し、実際の避難行動に活かしてもらうことだと神原氏は話します。

「水害では、家や車など、財産は守りきれないかもしれません。でも、適切に避難をすれば命は必ず守れると私は思っています。そのために必要な実際的な情報と啓蒙情報を融合させたツールを作れたと思います。今後もゼンリンさんには様々なアイデアをご提供いただき、より良いものに更新していけたらと考えております。」

墨田区との取り組みはまだ第一段階に進んだばかりであり、今回構築した各種の防災へ向けたツールを、今後はいかに住民へ訴求し、定着させていくかが課題となります。この取り組みにより住民の災害に対する意識が変わり、有事の際も適切な行動を実践できるようになること・・・。そうした大きな目標に向かって、これからもゼンリンは、住民を巻き込んだ活動など、幅広い観点を持ちながら自治体の抱える課題に対して適切な防災・減災ソリューションを提案して参ります。

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