火災予防を“経験則”から“データ”へ――見える化と広報が導く新しい対策のかたち

長崎県佐世保市を中心に、2市11町を管轄し、16の消防署・出張所を配置する佐世保市消防局。
同局では、火災広報の課題解消をきっかけとして、2025年に「火災リスクエリアの可視化」に関する価値検証をゼンリンと共同で実施しました。
これまでのように一律の呼びかけでは伝わりにくく、具体的な効果を実感しづらかった広報活動に対して、「誰に」「何を」伝えるべきかをデータで明確にすることで、より的確で実効性ある火災予防に一歩踏み出せる――そのような、共通の悩みに応える新たな試みです。
価値検証に至った経緯や実施前の課題、今後の展望について、佐世保市消防局 予防課 調査指導係の岩野様、広報係の熊川様、前田様にお話を伺いました。

佐世保市消防局

予防課 課長補佐 兼 調査指導係長 消防指令
岩野 大介 様

予防課 広報係 消防司令補
熊川 晋 様

予防課 広報係 消防士長
前田 将利 様

【所在地】
長崎県佐世保市平瀬町9-2
https://www.city.sasebo.lg.jp/syoubou/syouboukyoku/top.html

地域特性に応じた広報を目指し、火災リスクを「見える化」

――まずは、佐世保市消防局予防課の業務内容と、「火災リスクエリアの可視化」に関する価値検証が開始された背景についてお聞かせください。

熊川氏:

私たちが所属する予防課は、火災原因の調査やその結果に基づく分析、市民への周知・啓発活動を担う部署です。岩野は火災原因の調査を、私と前田は火災予防に関する広報を中心に担当しています。

当局では以前から、データに基づいた納得感のある火災リスク評価や、各地域の特性に基づいた火災の注意喚起の方法に課題を感じていました。
そうした中で、ゼンリンさんに「住宅用火災警報器の設置を促す広報計画」についてご相談したことをきっかけに、今回の価値検証に至りました。

――「住宅用火災警報器の設置を促す広報計画」とは、具体的には、どのような計画なのでしょうか?

熊川氏:

住宅用火災警報器の設置率や点検率が低いエリアを「見える化」するものです。
火災警報器は設置するだけでなく、その後の維持管理が非常に重要です。
しかし、以前実施したアンケート調査では、佐世保市は他都市と比較して、警報器の維持管理がやや不十分であるという結果が出ていました。
そのため、警報器の設置・維持状況を可視化することで、火災予防の広報活動に役立てたいと考えたのです。

予防課では以前より、保険会社などの一般企業と連携した広報活動を進めています。
ゼンリンさんとは、2022年に佐世保市と包括連携協定を締結した関係もあり、過去に防災教育イベントに協力してくださった実績がありました。
そこで、2024年8月に、「住宅用火災警報器の設置率・点検率の分析や、地図上での可視化」をお願いすることにしました。

――そこから、なぜ「火災リスクエリアの可視化」に関する価値検証を実施することになったのですか?

熊川氏:

大きな理由としては、当局が所有するデータだけでは、警報器の設置率・点検率に関する十分な分析が難しかったことが挙げられます。
少し話を遡りますが、当局では2001年から火災の記録をデータとして保存しています。
このデータを活用するため、2024年2月より、佐世保市のDX推進室の協力も得ながら、火災履歴を可視化するBIツールを作成。火災件数や火災履歴に基づく分析を本格的に開始しました。
また、都市部から離れた地域にのみ焚き火の広報をするなど、地域特性を踏まえた広報活動にも取り組み始めました。

すると、現行の管轄区域となって以来、最少の火災件数を記録したのです。
正直なところ、火災件数の減少との直接的な因果関係は明確ではありませんが、この経験から、データの「見える化」の重要性を強く実感し、前述の警報器に関する分析・可視化を思い至ります。

しかし、当局が保有する建物火災のデータには、少し弱い部分がありました。
そのことをゼンリンの担当者の方にお話したところ、「それでは、消防局とゼンリンが保有するデータを組み合わせて、火災リスクの可視化をしてはどうでしょうか。
警報器の分析よりも包括的な取り組みになると思います」とご提案いただいたのです。
そうした経緯で、2025年7月から価値検証を進めることになりました。

ゼンリンが所有するデータの豊富さに驚き

――価値検証についての提案を受けた際は、どのように感じられましたか?

熊川氏:

当局が弱点としている部分を補うような提案で、非常にありがたく、心強く感じました。
ただ、その一方で、「取り組みが専門的になりすぎないだろうか」という懸念も少々ありました。

消防局では定期的に人事異動があり、私たちも将来的に、別の部署や消防署へ移る可能性があります。
また、今回の価値検証の成果は、市民へ広く周知する必要がありました。
そのため、できるだけシンプルな取り組みにしたいと考えていたのです。
ただし、こうした懸念点については、ゼンリンさんが分析項目をある程度絞り込んでくださったことで、解消されたと感じています。

同時に、ゼンリンさんが保有しているデータの豊富さには驚きました。
今回の価値検証では、当局が所有する火災情報だけでなく、ゼンリンさんが持つ6つのデータを活用しています。
当局では、以前から世帯情報や建物情報を用いた火災の分析を検討していましたが、自分たちで情報収集・分析するのは容易ではないと感じていました。
そのため、今回そうしたデータを活用できると知り、驚きが大きかったです。
また、データ単体ではなく、「組み合わることで何かできるのか」を示していただけたことも、大きな助けとなりました。

――今回の価値検証の流れについて教えてください。

熊川氏:

まずは、当局と佐世保市、ゼンリンさんが持つデータの中から、今回の価値検証で使用するものを決めました。その後、過去に火災が起きた場所について、それぞれのデータの傾向を分析しました。
具体的には、
・火災が多く発生している地域
・延焼火災が多く発生している地域
・放火が原因の火災が多く発生している地域
の3つの地域にどのような特徴があるか、データ項目を割り出すイメージです。

消防局が持つ火災データに加え、建物件数(面積)・木造建物などのゼンリンのデータも活用。各地域で1つでも「傾向あり」と判定したデータ項目は、火災リスクエリアの要素として採用した

「ステップ2」では、リスク要素となる各データに対して、どれくらいの割合・数値以上をリスクが高いと判断するのか、まず評価の境界値を設定した

「ステップ1」で傾向が出た各データ項目に対して、定量的な境界値を設定。その数値に応じてリスクレベルを算出し、メッシュ単位と町内会単位で、「リスク高・中・低」に色分け表示をしていただきました。

算出した結果は「リスク高:赤色・リスク中:黄色・リスク低:グレー」に塗り分け、一目で把握できるようにした

今回の結果を受けて、当局では広報の優先付けを行っています。2025年度は、「リスク高」に該当した町内会に対して、広報活動を実施しました。

広報協力など、地域住民からは想定以上の反響も

――具体的には、どのような広報活動を行ったのでしょうか? 地域の方々からの反応についても、あわせてお聞かせください。

熊川氏:

チラシの配布や、地域住民への直接的な説明などを行いました。実は当初は、当局が作成したチラシを回覧板で回していただくことを想定していました。しかし、まず町内会の役員の方々に結果をお伝えしたところ、非常に好意的に受け止めてくださり、「積極的に広報に協力したい」という声が上がったのです。具体的には、「回覧ではなく、各世帯にチラシを配布したい」「地域の人が集まる場所で直接広報して欲しい」といった声が寄せられました。

今回「リスク高」に該当した地域の方々は、以前から何となく危険性を認識されていたのではないかと思います。それが数値として示され、さらに他の地域との比較も可能になったことで、より強い当事者意識を持って受け止めていただけたのではないでしょうか。地域の皆さんのご協力もあり、想定以上に広く周知することができました。

――今回の結果を、局内ではどのように受け止めていますか?

熊川氏:

事前に「おそらくこういう結果になるのではないか」というイメージは持っていましたが、実際に形として示されたものを見たときは、やはり嬉しさがありました。
また、局内で予測していた内容と一致する点もあれば、自分たちの認識とは異なる結果もあり、新たな気づきにつながりました。

例えば、佐世保市には八幡町という地域があります。
同地域は、かなり道が狭く住宅が密集していることから、「防御困難地域」という枠組みを設定しています。
このため、私たちは「火災リスクが高いはずだ」と考えていましたが、実際の分析結果では、想定していたほど数値が高くなかったのです。この点は予想外でした。

岩野氏:

これまでは勘や経験に頼って判断していた部分もあったため、そうした点がデータに基づいて可視化されたことに、大きな意義を感じています。
当局の管轄地域には、火災が一度発生すると被害が拡大しやすく、場合によっては放水開始までに時間を要する場所もあります。

今回、そうした状況を客観的なデータとして可視化し、誰にでも分かる形で示すことができました。
この仕組みがあれば、後任も同様の分析を行うことが可能になるため、業務の属人化の解消にもつながると考えています。

消防DXのさらなる推進を目指して

――今後のデータの活用について、課題はありますか?

熊川氏:

当局は中規模消防本部であり、特に予防課においては予算規模が小さいため、導入コストや維持費の面では、正直なところ財政的な制約があると言えます。
また、局内においては部署間の縦割りによる調整の難しさも感じているのが現状です。

ただ、今回得られた成果は、広報活動にとどまらず、さまざまな分野で活用できる可能性があると考えています。
例えば、防御困難地域の把握や事前対策の検討、消防署所の適正配置の検討などにも役立つのではないでしょうか。
価値検証の結果を受け、佐世保市消防局の局長からも「データを上手に活用していきたい」との意見が出ています。
今後は、予防課に限らず他の部署でも積極的にデータを使ってもらえればと考えています。

――今後のビジョンとゼンリンへの期待をお聞かせください。

岩野氏:

予防課では、特に火災の原因調査や、火災報告書の作成に労力を割かれることが多い傾向にあります。
現場付近の案内図や詳細図、火災が発生した建物の平面図などを手書きで作成するため、大規模な火災の場合は、完成までに約3か月を要することもあるほどです。
ゼンリンさんとのさらなる連携により、こうした作業負担が軽減できれば嬉しいですね。

熊川氏:

正直なところ、消防業界全体として、データ活用を含むDXはかなり遅れていると感じています。
そのため、まずは、データ活用や官民連携の取り組みに対する理解を広げていきたいです。
今回の取り組みについてプレスリリースを発表したところ、行政情報誌や地元のローカルテレビなど、複数のメディアから取材の申し込みがありました。
こうした機会も活用しながら、他の自治体にも広く情報を発信していく予定です。

また、2025年には、消防庁が主催する「第9回 予防業務優良事例表彰」において、DX推進課と共同で実施したデータ分析や、広報活動の取り組みが優秀賞を受賞しました。
2026年は、同取り組みをさらに発展させたものとして、今回の価値検証をエントリーしています。
ぜひ、そこで消防庁長官賞(最優秀賞)を受賞し、より多くの方に取り組みを知っていただければと思っています。

消防の活動は、火災が発生してから始まるものではなく、普段から火災を未然に防ぐ体制づくりや、被害を最小限に抑えるための対策の実施が重要です。
今後もゼンリンさんのお力添えをいただきながら、安心・安全なまちづくりの推進に取り組んでいきたいと考えています。

今回の価値検証では、火災広報の課題をふまえ、地域特性に応じた火災リスクの可視化を実施しました。
分析結果は広報施策や認識の整理に役立ち、地域との共有を通じて広報の見直しにも繋がっています。
得られた知見やデータは、今後部署を超えた局内の業務や、防災施策の指針となることが期待されます。

ゼンリン担当者

プロダクトソリューション事業本部 竹中 遼(たけなか りょう)

コメント:
これまでの住宅火災予防活動では、地域ごとの違いが見えにくく、全町内会に一斉に呼びかけるという一律的な施策になりがちでした。
この課題に対し、ゼンリンが保有する地理空間データと消防局様の火災記録を組み合わせて分析を行うことで、エリアごとにリスクレベルを分類し、優先的に施策を実行すべき地域を特定・可視化できることが最大の特徴です。
リスクの定義については、佐世保市消防局様と何度も意見交換を重ね、実際の施策・運用で最大限活用できる評価基準や指標の策定に努めてまいりました。
その結果、リスクの高いエリアを迅速に特定し、根拠に基づき速やかに施策を実施できる仕組みを構築することができました。
今後も佐世保市消防局様と『共創』の姿勢で歩み続け、地域の安全・安心を支える新しい防災ソリューションをともに創り上げていきたいと考えております。
また、この成果をモデルケースとして全国の自治体や消防組織にも展開し、社会全体の防災力向上に貢献してまいります。

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