“足りない・使えない”をゼロに――EV充電インフラ最適化、東京都のEV充電器設置需要マップで始動
近年、地球温暖化による記録的な猛暑が続き、温室効果ガスの削減はますます重要な課題となっています。中でも自動車から排出されるCO₂は気候変動の大きな要因の一つとされており、内燃機関車(ICE)から電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)へのシフトが強く求められています。しかし、国内のEV新車販売台数は依然として市場全体の3%未満にとどまり、普及には多くの壁が立ちはだかっています。
実際、多くの自治体関係者からは、「充電インフラの整備が十分でない」「導入コストが高い」「地域の電力供給体制に負担がかかる」「住民のEVに対する理解や利便性の向上が課題だ」といった声が聞かれます。
こうした課題を乗り越えるため、東京都では充電設備の整備をはじめ、さまざまな取り組みを通じてEVの普及を後押ししています。
今回は、東京都産業労働局産業・エネルギー政策部ZEV推進担当課長の大澤崇様、パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 コミュニケーションセンター 企画部 兼 ビジネス共創推進室 主任技師の西川弘記様、株式会社ゼンリン モビリティソリューション営業二課の濁川信之に、その取り組みの一つとして、充電設備の導入に必要な情報を一元的に提供する「東京都EV充電器総合ポータル(事業者向け)」及び推奨コンテンツである「EV充電器設置需要マップ」の活用可能性について伺いました。
東京都産業労働局
産業・エネルギー政策部 ZEV推進担当課長
大澤 崇 様
URL:https://www.metro.tokyo.lg.jp
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社
コミュニケーションセンター 企画部 兼 ビジネス共創推進室
主任技師 西川 弘紀 様
URL:https://panasonic.co.jp/ew/
株式会社ゼンリン
モビリティソリューション事業本部 モビリティソリューション営業一部 モビリティソリューション営業二課
濁川 信之
※2025年10月10日 取材当時時点
ゼロエミッション東京実現に向けた東京都のEV事情
まず、東京都のEV普及の目標や今後の展望について、東京都産業労働局の大澤氏に伺いました。
大澤氏は、「東京都では2025年3月に『ゼロエミッション東京戦略 Beyondカーボンハーフ』を策定し、都内CO2排出量の約2割を占める運輸部門でのEV普及を目指しています。具体的には、2030年までに乗用車新車販売台数の100%を非ガソリン車とし、2035年にはEVバス1,300台、EVトラック7万台の導入目標を設定しています」と説明しました。また、「2050年には都内を走る自動車すべてがゼロエミッションになる社会実現を目指しています」と語りました。
この方針は、国の「カーボンニュートラル」目標と連動するもので、東京都産業労働局では事業者向け支援活動も展開中です。
都内の民営事業所は約63万社と全国最多で、企業活動でも多くの車両が使われるため、EVへの転換が進めばカーボンニュートラルへの貢献も大きくなります。しかし、多くの事業所がビル内にオフィスを構えているため、自社で充電器を設置できず外部施設に頼る必要があるという課題もあります。
この状況に大澤氏は、「EVの普及と充電設備の普及はセットで考えており、EV利用者の利便性を高めるためにも充電インフラの整備が必要と考えています。そのため、大きな方針として、関係部局との調整をしながら事業者と連携した普及促進と設置の標準化を進めている」と説明。
その具体策として「産業労働局では充電設備の設置・運用に関する補助制度を設けており、公共用の急速充電器については2035年までに2,000口を設置する目標を設定し、環境条例を所管する部門とも連携することで、制度上の措置と事業者への普及活動を両輪で進めているのが大きなポイント」としました。
令和7年度 充電設備普及促進事業(事業用) 案内リーフレット
https://www.evcharger-support.metro.tokyo.lg.jp/evcharger_subsidy/
都は充電設備普及促進のため、様々な助成制度を設けている
※最新の内容は、東京都EV充電器総合ポータル(事業者向け)をご確認ください。
大澤氏はこの背景として、「現状では急速充電器の絶対数が少ないため、都としては対象を限定せず、コインパーキングなどの民間駐車場や事業所など、幅広い方に充電器を導入してもらえるよう、2018年から普及を後押ししてきた」と説明。
補助事業の認知を広めるため「東京都EV充電器総合ポータル(事業者向け)」サイトを開設
しかし補助事業の利用率はまだ高くないのが現状。そこで東京都は「東京都EV充電器総合ポータル(事業者向け)」サイトを開設し、EV導入や充電器設置のメリット・手続き方法の動画、基礎知識、補助制度概要、充電器設置事業者の紹介などをまとめ、専門性の高さによるハードルを下げるための情報を提供しています。
大澤氏は「東京都では様々な制度を用意していますが、いざ電動車やEV充電器を導入しようというときに多くの方にとってはわからない部分が多く、特に充電器設置については専門性が高い。それがハードルを高くしている部分もあるのではないかと考え、このサイトを用意した」と開設の経緯を話してくださいました。
注目すべきは「EV充電器設置需要マップ」。このマップはゼンリンが提供する「EVチャージ需要マップ」の仕組みをベースに、パナソニックの知見を加えて完成したものとなります。このマップの狙いについて大澤氏は、「2025年3月から公開しているもので、ここでは充電器の需要状況が500mメッシュで色分けされており、充電器を設置しようとしている事業者が設置場所を検討する際に需要が高いエリアを一目でわかるようにした」ことがポイントと説明してくださいました。
EV充電器設置需要マップ - 東京都EV充電器総合ポータル(事業者向け)
https://www.evcharger-support.metro.tokyo.lg.jp/evcharger_map/
大澤氏は「都内とは言え、充電器の需要は場所によって偏在しており、EV充電器がしっかり稼働していけるかどうかは未知数な部分が多いと考えています。かといって、仮に稼働率が低いままだとしたら、それでは事業的にも継続性がなくなってしまいます。このマップでは充電器の需要状況が色分けして可視化されていますから、事業の継続性という観点においてもしっかりと情報提供していくことができる」というわけです。
また、東京都では充電インフラの整備の一環として、路上パーキング内での急速充電器の設置も進めています。すでに都内では5カ所6口(2025年12月現在)を設置しており、「都内では駐車場の数に限りがあるため、どうしても充電器の空白区域が生まれてしまう」(大澤氏)とのこと。これは自社で充電器を持たない事業者にとっては、EV導入の障害となってしまう可能性にもつながるため、その意味でもこの設置は今後ますます需要が高まっていくことが予想されます。
「EVの普及を進める上での課題は充電インフラの量と質の両面にある」パナソニック
東京都のEV充電器設置需要マップにゼンリンのEVチャージ需要マップが活用されたのは、パナソニックが関わったことがきっかけです。ゼンリンは2023年に「EVチャージ需要マップ」を完成させており、パナソニックと共同でプレスリリースしました。その内容が東京都の進めている施策の方向性とマッチしたため、東京都の「EV充電器総合ポータル(事業者向け)」サイトでの導入となりました。
パナソニックの西川弘記氏は、「EVの普及を進める上での課題は、充電インフラの量と質の両面にある」と言います。その理由として、「充電設備の設置台数が圧倒的に少ないことに加え、古い充電器は決済機能の寿命や通信規格の変更などで使えなくなる問題があるからです。一方で、高出力の急速充電器を設置する場合、電力系統への負荷を考慮して変電所からの距離など立地を適切に選ぶことも大切です」と述べ、「需要があり、電気的にも適切な場所に充電器を設置することが極めて重要」と説明しました。
その上で効率的な充電器の設置を見極めるためにも「ゼンリンのEVチャージ需要マップの存在は大きい」(西川氏)というわけです。
さらに西川氏は東京都ならではの充電器設置の難しさにも言及し、「商業施設や集合住宅が多く、それに伴う施工とか運用にまつわる環境は明らかに不足している。パナソニックとしてはEVコンセントであったり、V2Hであったり、必要されるものをどんどん揃えていってラインナップを増やしていくことは重要だと思っている。加えて、設置から運用管理まで行うようなサービスを提供する上でのひとの育成、さらには連携を強めていくパートナー作りの基盤を考えていくことが大切だと思っている」としました。
「どこにインフラ拡充の需要があるのか、地図を活用することで可視化し、充電インフラの課題解決につなげたい」ゼンリン
ゼンリンの濁川信之氏は、「(このマップについて)需要面と立地面の両面を掛け合わせて、どのエリアにEV充電スタンドを置くべきかが一目でわかる「EVチャージ需要マップ」を制作しました。需要面では交通量やガソリンスタンドの情報から利用者の需要や事業性を推測し、立地面では変電所との距離や商業施設の規模、電力系統への負荷などを考慮しているのが大きな特徴。また、既存の充電スタンド情報も活用して、最適な設置場所の検討ができるようになっています。そして、このマップはパナソニック様の技術知見と弊社のデータアセットを組み合わせて実現しているものとなります」と説明しました。
EVチャージ需要マップ 概要
そして、濁川氏は「EVの普及における課題は本当にいろいろあると思うので、まずはインフラの整備が重要で、必要な場所に十分な充電器が設置されていることが求められます。そうした状況に対してゼンリンとしては、充電インフラの課題解決に貢献するために弊社が持っている全国の充電スタンドデータや各種統計データを活用していきたいと考えています。これはまさに東京都に採用いただいた今回のケースも、東京都ならではの抱えている課題を解決させるためのもの。今回はパナソニック様と提携をしましたが、今後も複雑化、高度化している課題に対して互いに協力し合って提供していくことが必要なのではないかと考えている」と、今後の協力関係について言及しました。
カーボンニュートラル実現への展望と期待
最後に今後のカーボンニュートラルに向けての展望を伺いました。
東京都
脱炭素化に向けた政策目標を掲げ、様々な施策を実施しています。「EV充電器設置需要マップ」が情報を補完し、効果的な充電器設置につなげる重要な取り組みとして、関係者と連携しながら継続していきます。それによってEVの普及につながっていけばよいと考えています。
パナソニック
クルマの電動化だけでなく、エネルギーを地域で循環する仕組みを作ることが重要です。EV充電器は入口に過ぎず、再生可能エネルギー、蓄電池、住宅、ビルがつながっていくことが大切であると考えます。そのためにも地図をベースにレイヤーを積み上げていく社会的プラットフォームを構築し、行政や企業、地域事業者と連携していくことが必要と考えているところです。
ゼンリン
カーボンニュートラルは社会や地域のエネルギー、交通インフラのあり方に大きな影響を与える重要なチャンスです。地理空間情報を通じて地域ごとに異なる課題を可視化し、今後も最適なエネルギー循環や最適なモビリティの実現に貢献していきたいと考えています。特にインフラを中心にエネルギー、建物、公共交通がつながる社会の構築に向けて、地理空間情報の拡充とデータベース化を進めるとともに、自治体や企業と連携して課題解決に取り組んでいきます。
インタビュアーの会田氏
東京都が展開する「EV充電器設置需要マップ」のポイントは、充電需要を高精度に地図上で可視化することで、充電器の効率的な整備が可能となることにあります。これまでは充電器の口数を増やすことだけが優先されてきましたが、その結果、一部の充電器に需要が集中し、一方で必要なときに必要な場所に充電設備がないという運用上のズレが生まれてしまいました。そうした状況を生み出さないためにもこの需要マップの活用はきわめて意義深いものとなるのは間違いありません。
現状でこそ、EVの新車販売台数は全体の3%未満という寂しい状況にありますが、今後はEVが保有台数として積み上がっていくことは確実。既に一部の充電スタンドで充電待ちが発生していることからも、それは明らかで、適正な充電設備の配置はますます重要度を増していくことでしょう。そして、この結果としてEVが使い勝手の良い乗物として評価されればEVへの需要はおのずと拡大し、これにより排出ガスが減少へと向かうことで、それは地球温暖化の抑制につながることが期待されます。
その意味でもこの「EV充電器設置需要マップ」活用の拡大は、カーボンニュートラル実現へのきっかけともなると言えるでしょう。
インタビュー・執筆:会田 肇氏
自動車誌出版社を退職後、フリージャーナリストとしてカーナビゲーション評論活動の他、自動運転の中心であるITS分野を取材。
ユーザー目線でわかりやすい解説をモットーとしている。
日本自動車ジャーナリスト協会会員